透明水彩で描く艦これイラスト メイキングオブソロモンの鬼神さん Part1

パート1・塗りの前準備 ~インクジェットプリンター VS 水~

 さて、ソロモンの鬼神さんのメイキングになります。本イラストはタイトルの通り透明水彩を使ったアナログ絵のメイキングなのですが、実のところ、使っているのは透明水彩だけではありませんし、アナログだけでなくデジタルも一部使っております。なので全体の工程をざっくりと説明すると、

 1.下絵をComicStudioで描く
 2.出来上がった下絵をプリンターで水彩画紙に印刷する
 3.水張りをして下絵をパネルに固定する
 4.透明水彩、カラーインクなどで着色する
 5.着色が終わったらパネルからはがし、紙の貼りしろを切り取って完成

 原画はこれで完成ですが、ネットにアップする為には当然ながら、原画をデータにする必要があります。A4サイズまでならスキャナーで読み込めますが、今回の原画の完成寸法はB4サイズなのでデジカメで撮影しています。取り込んだ画像データは明るさや色合いが原画とは違ってきますので、Photoshopで元々の見た目に近くなるよう調節する事になります。

 以下に工程を解説しますが、本メイキングは下絵が既に出来上がって、水彩画紙に印刷する所からのスタートになります。



・下絵を水彩画紙に印刷する

 上で説明した通り、本イラストの下絵は紙に鉛筆で直接描いたものではなく、ComicStudioで描いて印刷したものです。なぜ下絵をデジタルで描くのかといえば、まず単純に楽だからです。構図を決める上で絵を一部だけずらしたり角度や大きさを変えたりパーツごとに別々のレイヤーに描いて組み合わせたりと、もうこのあたりは文明の利器に頼りっぱなしです。何より、どんなに描き直しても、それで紙を傷めたり汚したりする事がありません。印刷するのではなく、ライトボックスなどでトレスする事も考えたのですが、使っている水彩画紙がぶ厚いため光が透けて通らないためあきらめました。また、たとえ色塗りで失敗しても、下絵までなら何度でも印刷してやり直せる、というのも安心材料です。

 さて、ここまで読まれた方の中には疑問を感じている方もいるのではないでしょうか。上の画像は、ComicStudioで描いた下絵をインクジェットプリンターで印刷したものです。これに透明水彩で着色する訳ですが、そう、インクジェットプリンターで印刷したものを水で濡らしたら線がにじむんじゃないのか? という問題です。結論から言えば、当然、にじみます。それはもう、真っ黒に。なので印刷した下絵を透明水彩で着色するためには、その前にいくつか準備が必要になります。

 まず1つ目には、単純ですが線を薄く印刷する事です。本イラストの下絵はComicStudioで「ペン入れ」状態まで描いたものを使っています。鉛筆ではなくペンなので、データ的にはグレースケールではなくモノクロ2階調です。普通に印刷すれば線は100%の「黒」ですが、ComicStudio上でレイヤーの不透明度を下げて薄めのグレーの線にします。不透明度は濃くしたい場合でも60%程度まででしょうか。上の画像はその60%で印刷しています。綾波や艤装はそれでよかったのですが、しかし周囲の炎の線はもっと薄く印刷するべきだったと後で後悔する事になりました。
 線の不透明度を下げる事でにじみを軽減する事が出来ますが、あくまで軽減するだけで、それだけではにじむこと自体は変わりません。安心して着色するためには、もう一つ手間が必要になります。




・水張りをする

 水張りします。普段透明水彩やカラーインクを使わない人には水張りと言っても馴染みが無いでしょうが、上の画像のように水彩画紙を木の板などに固定する作業です。それもただ固定するだけではありません。一度水で充分に濡らして、紙がふやけた状態で固定するのです。
 小中学校の図工の時間で絵の具を使った事がある人なら誰でも、画用紙が水でふやけてゴワゴワにたわんでしまった経験があるかと思います。水張りはそれを防ぐための作業です。紙は水を含むとふやけて伸びますが、ふやけ具合にムラがあれば当然紙は歪み、たわみます。ならばいっそのこと、紙全体をまんべんなく濡らして、まんべんなくふやけさせればいい。で、紙が乾いて縮む前に、伸びきった状態で紙の四方を丈夫な板に固定してしまうのです。この状態で紙を乾燥させれば、縮もうとする力でテンションがかかって紙はまるで太鼓の革のようにまっ平らになります。この状態であれば、多少の水では紙は歪みません。これが水張りです。
 きれいに水張りをするためには、「紙が伸び切った状態で固定する」事が必要です。つまり、紙がどの程度の水を吸って、どの程度の時間で伸びるのかを見極めなければなりません。これは使用する紙によって異なるので、実際にやってみて慣れるしかありません。もう1つ重要なことは「紙を確実に固定する事」です。紙にテンションがかかった状態を維持しなければならないので、紙が乾いて元の大きさまで縮んでしまっては意味がありません。水張りには「水張りテープ」という、濡れた状態で粘着する紙テープを使用するのが一般的ですが、画鋲などで止める方法もあります。上の画像では紙の四方を水張りテープで止めて、さらに紙の縁にホチキスの針を打ち込んで二重に固定しています。

 さて、ここまでは普通の水張り作業の説明でしたが、ここではこの作業にもう1つ、重要な役割が加わっています。
 そう、前述の「プリンターのインクが水でにじむ」という問題です。水張りは紙を水で濡らしますので、当然インクはにじみます。普通の水張りならば刷毛などを使って紙を濡らせばいいのですが、ここでそれをやるとにじんだインクで下絵がひどい事になります。ではどうすればいいのか。答えはひとつ、もっと大量の水で紙を洗い流してしまえばいいんです。
 私はプリンターにcanonのPixas Pro9000 MarkⅡを使っていますが、モノクロ印刷をした下絵を流水で洗い流すと印刷された黒インクの一部は水に溶けて流れ落ち、一部は水に溶けずに紙に定着したままとなります。この時、大量の水で勢いよく洗い流さないと溶けた分のインクが再び紙に染みついて汚れになります。とは言え、実際にはどうしても多少のにじみ跡が残ってしまうのですが、上の画像などは、よく見ないと分からない程度の汚れとなっています。よほど白い絵を描くのでない限り、多少色を塗ればすぐに分からなくなります。そして水に溶けずに残った分のインクは、その後どんなに濡らしてもにじむ事はありません。
 ただし、私はcanonのプリンターとその純正インクを使っていますが、例えばエプソンなど他のメーカーのインクを使っても同じように洗い流せるのかどうかは判りません。もしも試してみるという方がいるのでしたら、ご注意ください。

 一晩ほどかけて完全に乾燥させて、これで水張りは完了です。この作業で紙が水でたわむ事と、インクがにじむ事、2つの問題を同時に解決できます。



 この後ようやく着色に入りますが、その工程はメイキングのPart2で解説させて頂きます。ここではその前に、私が使っている画材を紹介します。

              アルシュ・ブロック

 水彩画の色の発色は絵の具以上に紙に影響されます。上で小中学校の図工の時間で~と書きましたが、当時は本当に、画用紙と言えばたわむ、けば立つ、汚れると散々だった思い出ばっかりですが、水彩画紙、つまり水彩画の為の紙は、頑丈で水にぬれてもけば立たず、消しゴムにも強いです。絵の具を鮮やかに発色させ、また染料系のインクを変色させる漂白剤を使っていません。初めて「水彩画紙」を使った時には、それまでの水彩絵の具のイメージが完全にひっくり返りました。何しろ、かつての図工の時間の時にはいかに紙を濡らさないようにするかと悩んでいたものが、透明水彩はたっぷりの水を使って描くものだと初めて知った訳ですから。
 水彩画紙と一口に言っても、当然、様々な種類があります。上の画像の「アルシュ」はその中でも最高級品と呼ばれるものの一つです。以前はキャンソンを使っていましたが、最近はこのアルシュを使っています。なんでも主原料はパルプではなくコットンで、しかもゼラチンでコーティングされているんだとか。値段はそれなりに張りますが、色々試すほどたくさん描ける訳でもないので、贅沢して「一番いいのを頼む」と言った次第です。実際、発色は美しいし描き味は滑らかだし、何よりとにかく頑丈。私のように何度も何度も重ね塗りを繰り返すような塗り方をしている身としては、やはりこれ以上はありません。





          透明水彩(ホルベイン)

 メインとなる画材です。絵の具は紙のようには拘っていないので、ホルベインを使っているのはまぁ、言ってしまえばたまたまなんですが、鮮やかな色から落ち着いた色、渋い色まで幅広くそろっているのでとても使いやすいですね。私は単色をそのまま塗って、それを何色も重ね塗りする事で紙の上で混色するという描き方をしています。なのでパレット上で混色するという事がほとんどありません。だから描くのに時間がかかっているんですが・・・。ともあれ、今回のイラストではイソインドリノン・イエロー・ディープ、キナクドリンゴールド、カドミウムオレンジ、カドミウムレッド・ライト、カドミウムレッド・ディープ、バーントシェンナ、アンバー、バーントアンバー、セピアといった黄色~オレンジ~赤~茶系の色に、ロイヤルブルー、ペインズグレイといった青系の色を主に使っています。





        カラーインク & アクリルガッシュ

 カラーインクは透明水彩と描き味が近いので一緒に使っています。透明水彩より発色が鮮やかで、染料であるカラーインクは顔料である透明水彩とは異なりダマや輪染みが生じないので滑らかなグラデーションや広い範囲を均一に塗るウォッシュがけに向いています。画像左下のスポイト付きの小瓶がドクターマーチン。非常に鮮やかな発色です。左上の箱と一緒に写っている小瓶はウィンザーアンドニュートン。鮮やかさや色数はドクターマーチンに一歩譲りますが、耐水性のインクで一度乾くと水に溶けなくなるという特徴があります。なので私の場合は、まずベースの色をカラーインクで大まかに塗って、その上に透明水彩を重ねていくという塗り方をしています。
 耐水性があるので一番下のベースとして使う事が多いウィンザーアンドニュートンは主にサンシャインイエロー、オレンジ、ディープレッド、ウルトラマリン、バイオレットを、その上となるドクターマーチンはインディアンイエロー、オレンジ、サンセットオレンジ、ゴールデンブラウン、ライトブラウン、コーヒーブラウン等を使っています。

 あと、画像右のチューブはリキテックスのアクリルガッシュです。透明水彩もカラーインクも暗い色を明るい色で塗りつぶす事ができませんが、その必要が生じてしまったので不透明水彩であるアクリルガッシュを一部使用しました。なるべくなら透明水彩とカラーインクだけで描きたかったんですが・・・。
 ちなみに、今回のイラストでは原画の着色に「黒」は一切使っていません。



 さて、メイキングのパート1はここまでです。着色の工程は次回となります。よろしければお進みください。



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